お年寄りと病院と現代医療

自宅でお年寄りを介護されているかたにとって病院通いはつきものだと思います。

寝たきりになれば往診を頼む事になりますが、車椅子であっても動ける間は病院に通うことが外に連れ出す唯一の機会となる事が多いのではないでしょうか。

私も父親を介護している時には定期的に二つの病院に通っていましたが、検査の結果が悪かったりすると入院を勧められることがあります。

それもあって、実は私の父は一切の検査を断っていました。勿論本人の意思です。

一番は父親本人が検査を面倒くさがったのと入院がいやだったからなのですが、今から考えても正解だったなと思います。

私は父を見送った事がきっかけで介護食を勉強するようになり介護施設に出入りするようになったのですが、今までお年寄りが入院して元気を取り戻した姿を一度も見た事がありません。

良くて現状維持、多くは一気に悪くなって帰ってきます。

先日もある施設で、入院前の食事の形態は普通食で、しかもご飯を大盛りで食べていた方が、わずか一週間ほどの入院から帰ってきたら、普通に炊いたご飯が食べられないからとお粥に変更になり、しかも刻み食になってしまいました。

更には歩行器を使って歩けていたのに、帰ってきたら車椅子でないと移動出来ない状態になっていました。

一体何のための入院だったのか。わずか一週間でここまで体力を落としてしまう治療とは何なのでしょうか。

お年寄りが介護施設に入居している場合は、入院についても施設が決めてから親族に連絡するといった場合が多いと思いますが、在宅介護の場合ですと本人と介護者で判断する事が出来ますから、そこはよくよく考えて欲しいと思います。

今の病院という所は、問題のある検査の数値を正常に戻すことはしてくれますが、その為にベッドで寝たきりにさせたりして平気で残存機能を奪うような事をしてしまいます。

血圧を正常値に下げたら認知症になったなどという笑えない話しも聞きます。

お年寄りの場合、一度失った機能が戻る事は中々ありませんから、一度そうなったらもう以前の暮らしは出来ないと覚悟するべきです。

なんだか病院の悪口みたいになってしまいましたが、それが目的の記事ではありません。

その昔、「医は仁術」の精神が生きていた時代とは違うのだという認識を持つべきだと思います。昔と違って現在はどこの病院も高額な検査機器を揃えねばならず、聴診器ひとつで済んだ時代とは別の医療になっています。

当然「医は算術」にならざるを得ない面があるわけですから、利用する我々の意識が変わる必要があるという事です。

「その治療本当に必要ですか?」という感性が必要な時代になったという事です。

とても悲しい事ですが、それが現実なのだと思います。

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