自宅で介護するという事

「介護はプロに、家族は愛情を」という言葉を聞いたことがありませんか?

もちろんそれで良いと思いますし、実際の介護現場が生やさしい物でない事も事実です。

それを踏まえて私自身の経験をちょっとお話ししたいと思います。

私の両親はすでにどちらも亡くなっているのですが、最初に亡くなったのは母の方でした。

70歳を過ぎた頃に末期の大腸ガンがわかり、二度の手術を経て74歳で亡くなりました。

当時も今も私は自宅から車で3時間ほども離れた場所で暮らしており、もし本格的に介護するとなれば引っ越しするしかありませんでした。

ただその頃は母一人ではなく父も一緒に暮らしていましたので、私は毎週土曜日に車を走らせて母の様子を見舞うことにしていました。

母の第一希望は「自宅で死ぬ」でしたので、地元のかかりつけ医などと連携して自宅での終末医療の環境も整えていました。

しかし結局最後の最後に母は入院することを選び、病院で薬漬けになりながら忘我の状態で亡くなっていきました。もうまともに会話が成立しない状況に置かれた状態での臨終でした。

その後は当然父が独り暮らしとなったのですが、元気でしたし私も忙しくしていましたのでせいぜい正月に顔を出す程度でほったらかしにしておりました。

そんな状況が8年続いた年の正月の事です。つまり独り暮らしとなって8年が経過した正月だったのですが、いつも通り帰省して一泊の後に自宅を後にしました。父の様子は別に普段と変わりなくといった感じだったのですが、少し弱気になっているなとは感じていました。それで車を運転して帰路を急いでいたのですが、さっき別れたばかりの父から携帯に電話が入りました。体調がおかしいというんです。

驚きましたが引き返すには遠すぎました。それで後日顔を出すと約束して電話を切りました。

再度父に連絡を取ったときにはもうあの弱気な雰囲気はなくなっていて大丈夫だから心配するなと言うのですが、さすがにもうほったらかしにする気にもなれず、当時私自身の仕事もネット環境があればある程度出来る仕事でしたので思い切って単身実家に引っ越しをしました。

独りで気ままに暮らしていた父は当然介護認定なども受けておらず、まずはそこから始める必要がありました。

早速地元の社会福祉協議会に相談してケアマネさんを紹介して頂き段取りをつけてもらい、ついた要介護度は「要支援1」でした。つまりほぼ問題なしのレベルです。

それでも介護保険は使えるようになりますから、色々ケアマネさんと相談しながら自宅の環境を整えていきました。父も今まで独りだったのに突然息子が帰ってきてくれて嬉しかったのか、少し元気になっていた様に思います。

私は調理師で料理が出来ますから、味にうるさい父の好物を色々工夫しながら作ったりしていました。そんな感じでスタートした父と二人の同居生活ですが、やはりそんなに甘くはありませんでした。毎日体調は変化しますし、特に困ったのが便をあちこちにこぼすことでした。田舎の実家は無駄に広く、トイレが居間から離れていました。この頃の父は常に下痢をしている状態でしたので催せば慌ててトイレに駆け込むといった事を一日に何度か繰り返していました。その際にトイレの床ならまだ良いのですが、トイレから戻ってくる廊下などにも何故か下痢状の水のような便がポトポト落ちていることがありました。当然下着も汚すことが増えてくるのですが、私も父も「介護」と言うことに慣れていません。ましてやシモの事に関して叱る事も出来ずにただ落ちた便を掃除する毎日でした。

そんなこんなで一年ほども経った頃でしょうか。父の体調は日に日に衰え要介護度もジワジワと上がっていき、独りでお風呂に入ることも出来なくなってきました。

私の父は大変にお風呂好きな人で、晩年は一日に朝と夜の二回の入浴を習慣にしている人でしたが、それが出来なくなってしまいました。

この段階に至ってようやく私も本腰入れて介護をしなければと思うようになり、父も誰かの世話にならなければ生活出来ない事をしっかり自覚した様です。

入浴出来ない代わりに使い捨ての介護用タオルで全身を拭くのですが、私が父の身体を拭いている間中ずっと「すまんすまん。おおきにおおきに。」と繰り返し繰り返し言ってくれました。その言葉は今でもあったかい気持ちと共に耳に残っています。

自宅で介護すると言うことは大変に辛い部分もありますが、こうした身内ならではの心のふれ合いも確かにあります。

私の場合自宅で仕事をしながらの介護でしたので、当初は目が行き届かないことも多かったですが、少しずつ慣れてもきますしペースも分かってきます。それでもやはり仕事に関しては犠牲にする部分が多かったです。電話が掛かってきても父の用事をしている時には取ることが出来なかったりとか出かける必要があっても取りやめざるを得なかったりだとか色々ありました。結果的に父が亡くなったのをきっかけにその仕事は辞めてしまいました。

ですが全く後悔はしていません。

それは施設に預けたり他人任せでは経験出来ない事を父が私に介護を通して経験させてくれたからです。

もう一度やるかと問われればやりたくないですが、私にとって父を介護した数年間は本当にかけがえのない時間となりました。今頃父もあの世で同じ様に思っていてくれるはずだと晩酌をしながら思いを巡らせているのですが、私の息子達、もし私が要介護になったらどうしてくれるでしょうかねえ…。

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