人間誰しも、食欲がちゃんとあって、あれが食べたいこれが食べたい等の気持ちが沸いてくる状態の時は、おおむね仕事や生活面での気力も充実しているものです。
ところが思わぬ困難に遭遇したりして気力が減退ぎみの時には、同時に食べる意欲も無くなってしまいます。
何かしら思い悩んでいる内に、気がついたら夕方まで何も食べていなかったといった経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
こうした傾向は人間ならば誰しもがもっているわけですが、お年寄りの場合には少し意味合いが変わってきます。
以前働いていた施設にこんなお年寄りがいらっしゃいました。
その方は移動は車椅子、着替えやトイレなども介助が必要でした。
食事についても介護士さんが横について食べさせます。食事形態は刻み食でした。
かなり気が強いタイプのおばあちゃんだったのですが、いつもは介助を受けながらもちゃんと食べていました。
ところが一度入院して戻ってからというもの、いくら介護士さんが食事を口元まで運んでも、「いらん」と言って口を開けようとしません。
完全に食べる事を拒否するようになってしまいました。
預かる施設としては、そんな事が続けば命に関わりますので何とか食べさせようとします。
多いときには3人の介護士さん達がそのおばあちゃんを取り囲んで何とか食べて貰おうと四苦八苦していました。
しかしこのおばあちゃんも中々頑固で、拒否が始まってからは食事を完食する事は勿論無くなりましたし、何とか一口二口食べた所で薬を飲ませてお終いにする事も多く見受けられました。
そんな状況が数日続いたあと、施設側から連絡を受けた息子さんご夫婦が心配そうな顔で来所されました。
息子さんは食事の時間に合わせて来所されたのですが、息子さんの介助なら食べてくれるのではないかという施設側の考えもあったようです。
私が見ていた限りでは、息子さんの介助でも結局食べようとはしませんでした。
ここからは私の推測ですが、このおばあちゃん、入院中に何かよほど心を落ち込ませる事があったのではないでしょうか。それですっかり生きる意欲を失ってしまい、言わば緩やかな自死を決意されたのではないでしょうか。
そうでなければ、あそこまで頑なに食べる事を拒否しないと思います。
お年寄りの場合、食べる意欲はそのまま命に直結してしまいます。
生きる意欲が無くなると同時に食べる意欲も消え失せてしまい、結果的に寿命を縮めるといった事態になりかねません。
体のケアも大切ですが、心のケアもそれ以上に大切だと感じた出来事でした。