好きなモノなら食べられる

私が働いていた施設での話しです。そこはサービス付き高齢者住宅、いわゆるサ高住と言われる施設で比較的お元気な方が入居される場所でした。

しかし入居当初は元気だった方もだんだんと衰えが目立ってきたり、新規で入居される方が最初から要介護度の高い方だったりして、気がつけば普通の介護施設の様な手の掛かるお年寄りが増えていました。食事の用意も普通食に加えて刻み食やミキサー食などを用意する事が当たり前の状況になっていました。

そんな中、新規に入ってこられた方がいました。仮にWさんとしておきます。

このWさん、体はお元気で車椅子も必要なく自力でスタスタ歩くことが出来ます。耳も良く聞こえますし滑舌もしっかりしています。ただ、ご自身曰く歯が悪いのだそうです。

特に奥歯が悪いので食べ物をしっかり噛むことが出来ない。だからお料理は全て柔らかいモノでお願いしたいとの要望でした。

そこで施設の担当者の方とこちらの栄養士が相談してお食事は「ソフト食」を提供することとなりました。

「ソフト食」というのは、最初から歯茎でも潰せる程度に加工された食品の事で、冷凍食品として専門の業者から仕入れます。我々調理する者はこれをただ加熱して盛り付けるだけなのでとても簡単ですし味つけの必要もありません。ですが、毎日三食これだと正直嫌になると思います。ですので、このWさんもどうかなと思っていたのですが、案の定すぐにクレームが入りまして、ソフト食は中止となりました。

それで次に「刻みトロミ食」となりまして、他の方と同じ献立を提供するけれども全ての食材を1センチほどに刻んで更にトロミ液を掛けて提供する事になりました。その際に、生野菜は堅くて食べられないからサラダなどの生野菜メニューはWさんの分だけ加熱して刻む事になったんです。これは本人の希望でした。

そこで困ったのが、サンドイッチの時です。その施設では朝食に週に一回必ずサンドイッチの日があるのですが、サンドイッチには当然生野菜が入っています。しかもサンドイッチは業者から仕入れた出来合のサンドイッチをカットだけして提供する仕組みでした。

すでに出来上がりの状態のサンドイッチをバラして生野菜だけ外して加熱してとなると再度整形し直してもあまり綺麗には作り直せません。

ですので一旦サンドイッチだけはそのまま提供してみて、本人の意見を聞いてみようとなりました。

それでどうなったか。何とサンドイッチだけは普通に食べられるからそのままで良いとなりました。こちらは気を遣って他の方よりも小さめにカットしてお出ししたのですが、それもしなくて良いと。大きいカットのままで野菜も生のままで出してくれとなりました。

Wさん、実はサンドイッチが大好物だったようなんです。

つまり好物なら堅い生野菜でも平気で食べられるというわけです。

現金なモノだなと言えばそれまでですが、コト食べる事においても気持ちがいかに重要かというお話しです。