幸せの基準。老人施設の日常

高齢者が利用する施設には色々な種類がありますが、デイサービスを除いて利用者はその施設で暮らす事が基本になります。つまりその施設が自分の家になるわけです。

高額な利用料を支払う施設ではプライベートもそれなりに確保されていますし、施設内に大浴場や遊技場など様々な設備も整っています。

一方庶民的な施設では大浴場などは勿論ありませんし、基本的には居室と食堂がある程度の作りになっています。プライベートに関しても音の問題も含めて配慮が行き届いていない場合が多いと感じます。

しかしこれはどちらが良いとか悪いの問題ではありませんし、事実高級な施設に入居している人の方が幸せとは一概には言えないと感じます。

そうした事を思うようになったある出来事をちょっとご紹介します。

以前私が調理師として働いていた施設での話しです。

その施設は月々の利用料が50万円は下らないという大変高級な施設で、内部には吹き抜けのフリースペースがある他、大浴場は勿論のことダーツや麻雀などが楽しめる部屋があるなど、ホテルをそのまま再現したような施設でした。

入居されている方は例外なくお金持ちの方ばかりで、要介護の方であってもそれなりの身なりで館内を移動されていました。

その中の一人に、Oさんという方が居たのですが、介護度に関してはせいぜい要支援レベルのほぼ自立といった感じに見受けられる方でした。

この方、中々に人見知りの激しい方で周りの人から声を掛けられても上手に打ち解けることが出来ず、きれいなレストランフロアの片隅でいつも一人食事を摂っていらっしゃいました。

それだけではなく、この方は大変なクレーマーでちょっと気に入らないことがあるとすぐに介護士を呼びつけてあれこれと要求するのが常でした。

そんな風ですから当然施設のスタッフからも煙たがられる存在で、休憩時間などにOさんの話になると皆それぞれに愚痴を言い始めるのが当たり前になっていました。

ある時、私もその愚痴り大会の輪に加わっていた事がありまして、私は主に聞き役だったのですが、ひとしきり皆が愚痴り終わった後で一人の介護士さんがポツリと漏らした一言が忘れられません。

「でもOさんな、こないだ夜に部屋を覗いたら泣いてはったよ。どうしたん?って聞いたら寂しいって…。」

私はこの話しを聞いて、Oさんのクレームが寂しさの裏返しだった事を知ったのですが、傍目にもOさんの日常はあまり幸せそうには見えませんでした。

そしてもう一つ、今度は至って庶民的な施設での話しです。そこは比較的手の掛かる介護度の高い方が多かったのですが、Kさんという方がいらっしゃいました。

この施設は厨房と食堂がはっきり分けられておらず、カウンター越しに入居者の方の様子が常に分かる様になっていましたし、お話しも出来る環境でした。

Kさんは自力で歩くことが出来る数少ない方だったのですが、いつも厨房まで近づいてきて、その日のおかずについて聞きに来られます。その聞き方がまるで子供の様で、Kさんが毎日の食事をいかに楽しみにされているかがこちらにも伝わってきました。

そしておかずの一品がKさんの好物だったりすると、満面の笑みを浮かべて喜ばれます。

決して裕福ではないであろうKさんの日常は調理場の私から見て本当に幸せそうでした。

一方でお金持ちのOさんは夜になるとさみしさの余り涙を流して暮らしている…。

Oさんにしてみれば、クレームを言うのは多額のお金を払っているのだから当然だと思っていたかもしれませんが、そこに感謝の気持ちは感じられません。

一方Kさんは日常のささいな事に喜んで暮らしている。

結局幸せというのは全て心の置き所であって、お金や環境にさえ左右されることは無いと知りました。

ちょっとした二つの経験をお話しさせていただきました。

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