老後と管理と自由

私の様に普段高齢者の施設と関わって生活していますと、いわゆる老人ホームと呼ばれる場所の良い面も悪い面も否応なく見てしまいます。

特別養護老人ホームのように、要介護度の高い方が入る施設は別にして、自立して生活出来る方が入る有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅は、外出もある程度自由ですし食事についても施設の食事を食べなければダメな訳ではありません。

つまりそれなりに自由が認められています。

ただ、これには「元気な内は」という但し書きが付いています。

ひとたび要介護の状態になれば、とたんに生活の全てを管理されるようになります。

薬の管理、食事の管理、見守りという名目で何時に寝て何時に起きるのかなども含めて管理されますので、プライベートはどんどん無くなっていくと覚悟する必要があります。

私は現在アラ還世代で、まだ少しは要介護まで時間があると思っているのですが、いざ自分が要介護に近づいてきたときに、こうした「管理される生活」に馴染めるのかどうか、時々考えてしまう事があります。

要介護になっている訳ですから、自分一人では生活出来ないわけです。そうなれば誰かに頼ることも必要ですから自由やプライベートを犠牲にするのは仕方ないと思う反面、飲みたくもない薬を飲まされたり、見守りと称してずかずか部屋の中に入ってこられるのも嫌だなと思ってしまいます。

もちろんその時の自分の体と相談する事になりますので、今からそんな事を考えても仕方ないのかもしれませんが、個人的には普段の「何気ない自由」が無くなることは耐えられない気がします。

例えば寝付けない夜なんかに、ふらっと施設内を歩きたくなるかもしれませんが、無断でそんな事をしたら恐らく職員さんがやってきて連れ戻されてしまうでしょう。

そのうえ認知症を疑われるかもしれません。

喉が渇いたからと好きな時間にビールを飲むわけにもいきませんし、好きなビデオを見ることもかないません。

そうした自由と引き換えに「安心」を得ると言われてしまえばそれまでですが、要介護になった時の自分にとって「安心」と「自由」のどちらが大切に感じられるのか…。

ちなみに私の父は施設には絶対行きたくないと言い張ってデイサービスすら行こうとしませんでした。

その分、絶対に寝たきりにはならないぞという気迫のようなモノはありまして、要介護4の認定の時でも必ずベッドから出てテレビの前の指定席で介護用の椅子に座らせないといけませんでしたし、実際には見ていなくても自分でテレビをつけるのが日課でした。

介護者である私の役割は、父のそうした自由意志を尊重して補助するだけだったのですが、これは息子である私が同居したから出来た事なので、今度自分が介護される番になって私の息子に同居してくれと頼める状況かどうかは全く未知数ですし、出来ればこちらから頼みたくはないという気も、今のところはしています。

いずれにしても必ず訪れる人生の最晩年に、究極の選択が待っている事は間違いありません。

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