シンプルに生き小綺麗に暮らす

この事は以前にも記事にしたことがあるのですが、私の父が亡くなって私にとっての介護生活が終わってから数日後、父が遺した手帳を見つけました。

そこには俳句が趣味だった父が生前に書き付けた俳句がいくつも記されていたのですが、田舎の広すぎる家で、独りで暮らす寂しさを詠んだ句がいくつか含まれていました。

元々は三世帯同居の大家族だった家も、私を含めた三人の子供が独立して家を出て行き、祖父母が亡くなり、そして思いがけず母が父よりも随分先に亡くなり、ぽつんと独りで取り残された父の心の内を、その俳句を見た時に初めて知る事となりました。

生前には独り暮らしが好きだと言っていた父が、実はとても寂しい思いをしていた事をその時初めて知り、しばらく涙が止まらなかった事があります。

その手帳の中に「家族なし 炬燵一つが ありにけり」という句があったのですが、

この句を書いた以降はほとんどの句が独り暮らしの寂しさを詠んだものでした。

その父が亡くなって今年で丁度10年が経つのですが、今では私も独り暮らしです。

私の場合は自分で選んで独りになったので誰にも文句は言えないですし言うつもりもありません。

ただ、淡々と日々のお役目をこなし、シンプルに暮らしていくことだけを考えています。

元々だらしのない性格ですし、目の前の誘惑にも弱いタイプなのでついついお酒を飲み過ぎてしまったり、いりもしない物を買ってしまったりと、ちっとも理想の暮らしにはなっていないのですが、家の中を小綺麗にキープする事だけはこだわっています。

当時の自宅を出て30数年ぶりの独り暮らしを始める際に、家からほとんど何も持ち出せなかったので、さしあたって生活に必要なものから少しずつ揃えていったのですが、今でも物は多くありません。

多くはないのですが、流行のミニマリストと言えるほどではなく、独り暮らしの年月が長くなるにつれて徐々に物は増えています。

特に仕事柄、食器類や調理器具類がジワジワと増えていて、最初はキッチンに備え付けの棚だけで収納出来ていたものが、ついに収納出来なくなり別途食器棚を購入する事となり、納戸の中も整理用の棚を入れないと収集が付かなくなり、色々面倒臭い状態になってきました。

しかしそれもまた楽しいと思っています。

キッチンの床を拭き、部屋に掃除機を掛け、納戸の整理をしながら、こういうのを「生活」というのかなと、生きている実感を感じたりしています。

今日も、そして明日もそんな日々が続くことを、大切にしたいと思う今日この頃です。

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