栄養士はシナリオライター

普通の街場のレストランで提供される食事は、ほとんどの場合そこで働く調理師さんやオーナーがメニューを考えて提供するのに対して、病院や施設では必ず管理栄養士さんが考えて献立表を作り、それに基づいて調理師が実際に調理して提供されます。

街場のレストランと違い病院や施設では栄養士と調理師の分業が成立しています。

これはどちらが良いとか悪いの問題では無く、そういう仕組みで運営されているのが栄養士を配置する施設という事になります。

ここからは以前私が働いていたサービス付き高齢者住宅での話しです。

あるとき新人の栄養士さんが入ってきました。その施設は栄養士が一人だけの配置でしたので、その新人栄養士が入ってきたときも、短い引き継ぎがあった後すぐに一人での業務となりました。

一人の業務になってからもしばらくは前任のベテランさんに電話をして指示を仰いでいましたが、それもいつまでも続けるわけにいきませんから次第に自分の判断で仕事をする様になっていきます。当然献立表も自分で作成して、その献立表に基づいて施設の食事が提供される様になりました。

ところがです。やはりまだ経験値が圧倒的に少ないですし、余裕を持って仕事が出来る状況でもありませんでしたから、献立の内容に調理師の眼で見ておかしな献立がちょくちょく出てくる様になりました。

更には、必要な食材の欠品なども相次ぐようになりまして、これは何とかしなければといった状況が生まれてしまいました。

調理師である私に出来ることは献立の内容の立て直しといった事になりますが、それをどの様に彼女に説明して納得して貰うか随分考えました。

それで毎日の食事を写真に撮って、それについて調理師目線での評価と問題点や良かった点などを一枚のシートにしてそれを彼女に読んで貰う事にしました。

この施設では栄養士が実際に調理する事がありませんでしたので、献立を作ってもそれが実際にどんな料理になって提供されているのか分からない事も多かったからです。

こうした作業を3ヶ月ほど続けたのですが、彼女と話していて一番問題だなと感じた事は、栄養士としての「職業意識」が育っていない事でした。

プロ意識と言い換えてもいいですが、まずそこがしっかりしていないといくら献立について意見をしてみたところで心に響かないと感じました。

そこで私は彼女にこんな話しをしてみました。

「施設の厨房で働く人達は、全員が栄養士の作った献立に基づいて仕事をしています。献立に基づいて食材が発注され、献立に基づいて調理師が調理をし、献立に基づいて盛り付けられて料理が完成します。つまり栄養士は施設における映画やドラマのシナリオライターのようなもの。いくら名監督がメガホンをとってもシナリオが面白くなければ良い映画にはならないのと同じ様に、良い献立でなければ良い食事を提供出来るはずがないでしょう?あなたの作った献立を元にこれだけ多くの人が仕事をしてくれている事を忘れたらあかんよ。」

その後すぐに私はこの施設から別の施設に移ってしまったのですが、彼女の事は今でも少し気になっています。

ただ、最近特に思うのですが「職業意識」なんて今時の若い子には死語かもしれませんね。

昭和は遠くなりにけりと思う今日この頃です。

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