私が洋食のコックさんとして働き始めた昭和の終わり頃と現在では、厨房で見かける調理器具も随分変わりました。
地味な所では、業務用のフライパンがフッ素加工のものになった事でしょうか。
かつて業務用のフライパンと言えば、鉄製のしっかりしたものでとても重く、大型のフライパンになると大の男でも両手で持って腰を入れないと振れない代物でした。
それが最近では軽いアルミ製でフッ素加工が施されたものに取って代わりました。
ただやはりフッ素加工には寿命があります。早いモノだと1年程度で寿命が来て使えなくなるモノもありますので、個人的には鉄製のフライパンが好きです。
鉄製のフライパンはそれなりに手入れが必要ですが、ちゃんと手入れすれば業務用の過酷な環境で使用しても数十年単位で使い続ける事が出来ます。
勿論、今でも鉄製のフライパンはちゃんと販売されていますので、それを使っている厨房もあると思いますが、悲しいかな「主流」ではなくなってしまいました。
もうひとつはフライヤーでしょうか。
最近では、フライヤーを置いていない厨房はほとんど見かけなくなりましたが、昭和の終わり頃ではまだまだメジャーではありませんでした。
特に個人経営の街場の洋食屋さんや定食屋さんなどで専用のフライヤーを入れている店は少なかったのではないでしょうか。
揚げ物をする場合、多くは都度フライパンで揚げるか専用の揚げ鍋をコンロに掛けっぱなしにして使っていました。
油の温度も自分で判断する必要がありましたから、皆独自に油の温度を測る術を持っていたように思います。私はやりませんでしたが、指を直接油の中に差し込んで計る強者もいました。ちなみに私は菜箸を油につけてみて箸に付く泡の感じで判断していました。
そして何と言っても一番は「スチームコンベクションオーブン」の登場です。
略してスチコンと言うのですが、オーブン料理も蒸し料理も煮物も、更には揚げ物もこれ一台で何でも出来てしまう調理器具です。
家庭用の調理器具でこれに近いモノと言えば、シャープのヘルシオになるのですが、蒸気を出しながら焼き物をする機能が付いている電子レンジです。
業務用のスチコンには電子レンジ機能は付いていませんが、普通のオーブン機能の他に、蒸気を加えながらオーブン調理をするスチームコンベクション機能、蒸気を出して蒸し料理をするスチーム機能の3種類の機能が付いています。
昭和の終わり頃にこのスチコンが無かったかと言えば恐らくあったと思うのですが、現在の様に多機能ではなかったのと大変に高額だったためにそんなに普及はしていませんでした。
それが今ではどこの厨房でも大型から小型まで様々なスチコンが普及しています。特に給食施設や病院などの大量調理をする厨房にはなくてはならないものになっていまして、今ではスチコンのない厨房は恐らく無いと思います。
ホテルも例外ではなく、先日大阪の某有名ホテルの料理長だった人と話していましたら、ホテルの厨房でスチコンの入っていない現場はありえないと言っていました。
それほどまでに料理の世界に革命を起こした調理器具がスチコンなのですが、これがここまで普及したのはまだほんの二十年ほどの事です。
それまで一体どうやって大量調理を行っていたのかと考えてしまいますが、例えばティッシュペーパーの無い家庭が今では想像出来ないのと同じ事が、業務用の厨房でも起こったという事です。
道具というものは、常に進化し変化し続けます。
その事は自然な事ですし悪いことではないのですが、今ではすっかり見かけなくなった、マッチ棒で火を付けるガスオーブンが懐かしく思い出される今日この頃です。