介護施設の厨房では、毎日沢山の食事が作られていますが、その中には「形態食」と呼ばれるものがかなりの数含まれます。
形態食とは、噛めなくなったり飲み込めなくなったりと通常の状態では食べられなくなった方向けに、一口サイズに切って提供したり、もっと小さく刻んでしまったり、更にはミキサーにかけてムースにしたりなど、指定の形態に加工して提供する食事の事です。
これは介護士さんや介護関係者が本人とも相談して決めるのですが、施設では一度食事形態が決められてしまうと、なかなか通常食に戻る事はありません。
介護する方は少しでも食べやすくして沢山食べて貰おうと思って形態食にする訳ですが、実際にはその逆になる事も多いのが現実です。
同じ形態食でも、一口大指定の場合は見た目もさほど変わりませんから、この段階で食べ残しが多くなるといった現象はおきないのですが、刻み食になると、急に食べる量が落ちる方がいらっしゃいます。
ちょっと想像してほしいのですが、例えば魚の煮付けがあったとして、これを刻んで出すとなると一体どんな見た目になるでしょうか?
煮たり焼いたりした魚の身は、種類にもよりますがキレイに小さく刻む事は困難ですから、どうしてもツナ缶の中身を皿に出した時の様な見た目になってしまいます。
一口大ならまだ何とかなりますが、まな板の上で刻む時にいくら頑張って形を残そうとしても、刻み終えた段階では、もう何の魚かは勿論なんの料理かも分からなくなる事が多いのが現実です。
魚に限らず、肉類も当然同じ様に細かく刻んでしまうと一体何の料理か分からなくなってしまいます。
そんな状態の食事が目の前に運ばれてきて、さあご飯ですよと言われても中々食欲が起こらないのは無理もありません。
フードビジネス業界では、初めてそのお店を訪れたお客さんが二度目も来店するかどうかは、最初に運ばれてきた料理をぱっと見た時の印象で半分程度決まると言われているそうです。
それほどに料理にとって見た目は大切な「味」なのですが、刻んでしまえばそれが台無しになる事は理解いただけると思います。
だからと言ってそのままの形では既に食べる事が無理になっているわけですから、これはもう食べるのをあきらめるか、それとも無理して何だか分からない物を口に放り込むかの選択になるわけです。
中にはそうした状況を受け入れる事で食べる量が落ちない方もいるのですが、それが受け入れられずに段々と食べる様が減ってしまい結果的に体力を維持出来ない方も出てきてしまいます。
死ぬまで食べる事をやめられないのが人間ですが、いよいよ最後が近づいた時にどういった気持ちで食事に向き合うのか。あらかじめ考えておいてもいいかもしれません。